Dragontone /石坂亥士

神楽太鼓奏者・石坂亥士のブログ

やっぱり即興は最高だと思うのだ!!!

スパイラルアームズの名古屋TOKUZOでの初ライブの実際の画像が手に入ったので、あらためて、記録に残しておきたいと思い、当日の様子を振り返ってみたい。

終わってみれば、即興感覚を抜きにしてはスムーズな展開はなかったと言える大好きな内容だった。昔、じいちゃんと一緒に見ていた時代劇を彷彿とさせる絶妙なパワーバランスのパーカッションユニットが誕生したのかもしれない。

作品としては、時代が進むにつれてぬるま湯的になっていったが、東野英治郎さんが務めた初期作品では、悪人は切り捨て御免にされていた。。。

まさにそんな感覚が近いかもしれないとも思えてしまう。

勿論、音楽なので創造的であることは間違いないのだが、自分の力量を高めておかないと、本番では即座に致命傷を負う可能性さえありうるわけで、スリリング極まりないトリオでもあることは間違いない。

なんと言っても、このユニットでの最初の曲が隠れキリシタンの伝承歌だったことは、ただのパーカッションユニットではないことを表していると言えるだろう。

以下youtubeの解説より。

長崎県平戸は明治になっても共同井戸の水は飲ませず、共同墓地は使用禁止、村有林の薪採取、飼料用草刈りの禁止という生活に直結する迫害が隠れキリシタンに加えられていた。「獅子の泣き唄」最後の伝承者だったイネは8歳の時、母親の篠原ミツから、歌の意味も知らないまま正確に自らの体に吹き込んだ。その母も36歳の若さで世を去り、稲は18歳で女中奉公に出て辛苦を味わう生活を強いられた。母と同じ様に義父も信仰が厚買ったため、獅子では隠れキリシタンの信仰を捨てる人が多くなったがイネは”お神さま”を信じ続け、悲しい時、怒りのとき、感情の高ぶりが脈打つ時、この泣き唄で己を慰めてきたのだろうと、1973年にイネの聞き取りをし歌を記録した深潟久氏は述べている。

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様々な打楽器を使うことになっていたので、土取さんと竹原くんは、ガタムという南インドの壺を!!!二人の師匠が、なんと同じというので、その息もピタリと合ってバッリチな間合い。

そこに、俺はかなりの変化球で、キューバの壺をスティックを使ってやてみることに。。。

バッチリ決まる二人に対して、神楽で言うところの「えさこ」の様な道化役的立場となり、普段ではありえないその立居位置が、新鮮でもありつつも結構向いていることも自覚した瞬間でもあった。

二人が、しっかりしているので俺の位置もうまいことバランスが取れた感じだ。

スパイラルアームズのメインの打楽器である伎楽鼓(呉鼓)は、大中小と三つの大きさがある。このトリオの太鼓は、西アフリカのバタドラムの編成からインスピレーションを受け、土取さんが浅野太鼓さんに特注したものだ。

演奏では、土取さんは呉鼓の原型ではないか!?と思われる南インドのティミラとアフリカのトーキングドラムで、俺は中と小の呉鼓で、竹原くんが大きい呉鼓を担当した。

この太鼓、見た目よりも打法が難しくて、なかなか芯のある音が鳴らないのだが、長年やっていたおかげで、なんとか形になったかな・・・。

まあ、今後、さらに技術を上げて行かなければ!!!と心に刻んだのだった。

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実は、ラストのセッションでいざ一番得意とする神楽太鼓を使うという段になって、なんとあろう事か、バチが見当たらないという珍事が・・・・

今回というか、今までで演奏してきて一番びっくりしたことだったかもしれない。

バチを探してステージを行ったり来たりしている最中は、なんと豪華な事か!!!

土取さんが、ミルフォード・グレイヴスと共演しているアルバム「Meditation Amang Us」での演奏の時の再現までやっていてくれ、場をつないでくれていたという、スペシャルな時間となっていたのだった。

見つからないので、短いバチでなんとかしようかとした時に、ステージ下手からバチ袋がニョっと顔を見せてくれたのだ!!!群馬から駆けつけてくれた小林さんが見つけてくれたらしく、いやはやもう生き仏として拝むしかない!!!

バチが無くても、何故か全く焦ることもなく平常心だったのは、自分を褒めてやりたいところだが、一番の反省点がバチの管理とは・・・。

勿論、ラストセッションが、楽しかったのは言うまでもなく、心地良い即興の醍醐味を味わうことができ、至福のひと時となりました。

土取さんのドラムセットに俺の神楽太鼓という激烈音圧の中、竹原くんはメイン楽器でないにも関わらず、ガッツリやり切った感じが、素晴らしく、3人でかなり楽しめたと思います!

その時の映像を土取さんがアップしてくれているので、是非ご覧ください!!!

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スパイラルアームズ、来春は関西方面に出没するという話が決まっており、非常に濃厚な2025年となる予感であります。