Dragontone /石坂亥士

神楽太鼓奏者・石坂亥士のブログ

旅路

ソロライブが終わってからの一連の流れは、まさに激流の様だった・・・。

自分で組んだスケジュールなので、仕方ないと言えばそれまでだが、予定というものは、重なる事が多い。

そんな激流を乗り切ったと思ったら、一路、郡上八幡を目指していたという・・・。

夜のうちに出発して車中泊、起きたのは佐久辺り。その後、順調に走って、毎回通るたびに素敵な名前だと感心している「弥栄橋」を渡る。

途中、標高の高い場所では道路の端にかなりの雪を見ることができた。

明宝の道の駅で、吉田川まで降りてしばしの休憩を。

清流吉田川というだけあり、水の色がとにかく美しい!!!

そして、今回の最初の目的地、立光学舎にも無事到着することができた。

ここには、下の子の自家用車がキープしてある。それは小さめのリヤカーとねこ(一輪車)だ。これを引いて荷物を運ぶのが楽しくて仕方ないらしい。

枯れ枝や雪を運んでご満悦!!!

ある意味、叡智の結晶でもあるリヤカーの機能性と機動力で、小さな自分でも大量の荷物を運ぶ事ができるのと引っ張っていて楽しいという、一石二鳥の機能に魅了されてしまった様だ。

実は、幼少の頃見た、地下足袋を履いてリヤカーを引っ張って歩いて回って来る焼き芋屋さんに憧れて、そんな焼き芋屋さんになりたいと思っていた時期があったのを思い出す。

そして、翌々日は犬山の成田山を経由して、今回のメインとなる津島神社の烏呼神事へ!!!

成田山の狛犬の、凄まじい風格に見入ってしまった。

向き合った阿吽の狛犬の間を通る時、狛犬の結界の効力が発動されるんだろうなぁ。。。と妄想しつつ、写真に収めさせてもらった。

尾張津島神社は、全国に3,000以上も点在する津島神社の総本山でもあるという事で、かなりの風格のある神社だ。

かつては「津島牛頭天王社」と称されていて、牛頭天王信仰の総本山だったそうだ。

明治の神仏分離令によって、牛頭天王から御祭神を素戔嗚尊に改めたことによって、現在は素戔嗚尊の名前が一般に知られている。 

そんな津島神社で、烏呼神事という珍しい儀式が行われたのだ。

それは、全て雅楽の生演奏によって式が進行していくという雅な世界だった。

巫女舞も厳粛で素晴らしく、玉串拝礼に至っては、その巫女さんから直接手渡されるという徹底ぶりには、度肝を抜かれた。

この烏呼神事は、津島神社の紹介によると、古来、屯倉供祭(みやけくさい)と称し、正月26日に執り行われていたそうで、津島の古殿地と言い伝えられる平和町三宅の里より、神職・里人が神饌を奉納し、「一時上臈」と称された巫女が舞を奉納します。

祭典の途中で、お供えの粢(赤飯)を本殿と八柱社の屋根上に投げて烏に与え、五穀豊穣を祈ることからこの名があります。

との記載があります。

神事の最中、唐突に「かぁ〜っ!かぁ〜っ!」と神官さんが鳴いて、烏を呼ぶびつつ箸で赤飯を屋根に投げておりました。

下に落ちたお赤飯。

翌朝起きると、曇っていたが、木々の水滴がキラキラと。

小さな異次元空間が、そこには存在していた。