Dragontone /石坂亥士

神楽太鼓奏者・石坂亥士のブログ

音の呪力と繋がっていく即興の赤い糸

8月26日、27日と、ここ数年恒例となっている原始感覚美術祭へ参加してきた。

今年は、宵祭りと本祭りの両日参加することになり、ある意味のピークは宵祭りのオープニングだった。

www.primitive-sense.com

シンガポール在住のアーティスト、ザイ・クーニンさんは、コントラバス演奏家である故齋藤徹さんと生前から活動を共にされ、親密な交流を持っていたとのことで、今回の原始感覚美術祭では、彼への想いを作品に込めて上演することになった。

そこに俺も音楽家として参加する流れとなり、何故かチャンゴを使いたいということで、俺のチャンゴを持って行くことになった。

それは、彼が齋藤徹さんと共演していく中で、韓国のシャーマンと一緒に作品を作ったことがあったそうで、その方にチャンゴを少し教えてもらって、そのチャンゴをいただいたという経緯があり、彼も病気をされてチャンゴを日本に持ってくる体力が無いが、今回はチャンゴを使いたかったという話を聞いて納得だった。

小鼓の久田舜一郎さん、ザイさんのチャンゴとパフォーマンス、俺の銅鼓と神楽太鼓、杉原くんの舞という取り合わせで、齋藤徹さんへの追悼の意を込めた公演が開催されたのだ。

実は、生前に徹さんとお会いした時、俺がサムルノリをやっているという話から、韓国の音楽家と共演した時に聞いたという話をしてくれ、その話から多大な影響を受けていたのである。

 

「韓国の音楽は、病氣の人が治る様に演奏するもんなんだよ!って共演した、サムルノリの李光寿[イ・グァンス]から教えてもらってビックリしてさあ!!!」と楽し氣に話してくれたのだった。

 

ということは、ザイさんはイ・グァンスさんからチャンゴを・・・ということになるわけだ。

俺がサムルノリを習っている康明洙先生は、サムルノリの先生方の直径の弟子なので、そのイ・グァンスさんの弟子でもあるわけで、無関係ではないという流れになる。。。。

ザイさんにとって、俺は初めて会う音楽家であり、その実力も定かでないので、事前に多少のやり取りがあった。その中で感じたのは、ザイさんの徹さんへの強い想いだった。

即興ではあるが、30分刻みの三つのブロックで行う提案がされていた。一部は久田さんの小鼓とザイさんのチャンゴ、2部は俺と杉原くんの舞、3部は久田さんとザイさんで、ラスト15分になったら銅鼓を入れるという流れだったが・・・・

f:id:dragontone:20230830010518j:image

小鼓とチャンゴの形状は似ている。音は似て非なるものだが、その形から練り出される音は、それぞれの民族性や文化の色を強く含んでいる。通常バチで演奏されるチャンゴを、ザイさんは素手で演奏していた。チャンゴは、低音の鳴るクンピョンと高音の鳴るヨリリョンがあり、クンピョン側で創る音は渦を巻いて、その渦にヨリピョン側から音の矢を放つという、陰陽を統合する楽器でもある。

小鼓の事はあまり詳しくないが、チャンゴとは対照的に片面のみを右手で打ち、左手の調緒の締め具合で、瞬時にトーンをコントロールして音の潤みがとにかく豊かだ。そこに声が入ってくるので、鼓のみで表現できる世界はかなり深い。

そんな日本と韓国の音を操る、両者のセッションから始まって行った。

 

俺が使う銅鼓も、また鼓面の陽とその裏側が陰とされ、表面から放たれる陽の音と裏面から放射される陰の音が同時に生まれる楽器という。

今回のセッションは、楽器的にもかなり呪力の強いものとなったのもとても興味深かった。

 

なんと言うか、即興の神様は、予定調和は望んでいないという事か、俺の身体はその場の空氣を察知して、10分を過ぎた頃には風鈴などの小物を鳴らし始めていた・・・・。

大御所が二人で展開する1部へ、だいぶ突っ込んで行っただけに、その後の流れは変わったに違いないが、これは確実に良い方に変わって行ったと思える展開だった。

杉原くんは、床に突っ伏して床板と自分の腕を摩擦させて音を出して長い廊下を這ってやって来たと思えば、会場を横切って、その床下を通り抜けて、木崎湖へダイブして来たらしい。

上の写真は、杉原くんを追いかけて、見に行っている観客たちだ。

自然な流れでそうなっているので、ザイさん的にイメージしていた部分はあるとは思うが、その後の赤い糸を血液に見立てて展開されるザイさんのパフォーマンスも最高で、かなり良い感じだったと思える。

f:id:dragontone:20230830010522j:image

生前、一緒に舞台に立っていた久田さんやザイさんの想いとは違うが、俺も齋藤徹さんから間接的に影響を受けているので、今回の公演は、非常に意味のあるものとなった氣がしている。

ザイさんの操る無数の赤い糸の玉は、その後散りばめられて行き、それは闘病をされていた徹さんとかなりのやり取りをされていたザイさんが感じた、血液がジュクジュク沸騰する様な感覚も込められていたらしい。

俺には、その赤い糸は齋藤徹さんからの即興の糸が繋がっていく様にも感じられた。

ラストシーンは、久田さんが「徹さぁーん!徹さーん!居るかぁ!?居たら返事しろ!徹さん。」と空間への呼応で幕を閉じた。

終演後には、それに呼応するかの如く、雷鳴が轟いていた。

ひとつの儀式が完結した瞬間だったのかもしれない。

f:id:dragontone:20230830010515j:image

翌日、ザイさんがその糸で編んだブレスレットを腕に縛ってくれた。関係者に作ってくれていたらしく、きっとここまで彼のパフォーマンスに含まれているんではないか!?と思えて、ザイさんマジックの深い術中にハマってしまったのだった。

このブレスレットは、原始感覚美術祭の全ての演目が終わって、打ち上げも終わって、ちょうど12時頃にフッっと外れたのには驚かされた!!!

もうザイさんが、シャーマンにしか思えない。