最近、しまい込んであったお氣に入りの食器類を出してきて使い始めた。
平形牧男さんの酒器やお皿だ。
若い頃、薪窯を焚くのを手伝いに随分と信州へ通っていた。
窯に作品をつめる時から手伝っていたので、一週間位は滞在していたもんだった。
そんなお手伝いした時に、いただいてきた代物なのだ!!!
当時は、正直なところ日本酒を味わうという様なほどではなく、造形的に好きな器を選んでいただいていた。
この徳利と足付きのぐい呑みをセットにしてみたら、これが絶妙にマッチしていて嬉しくなる。
薪窯で焼かれた灰が焼き物に降り積もって、それを溶かす事で自然の釉薬となり、炎の通る場所によっても景色が違ってくる。焼き締めと呼ばれるこれらの器は、その時の窯の中を想像したりできるので、大好きな一品だ。
無骨に見えるこのぐい呑みは、飲み口がとても繊細なことに驚かされる。
何回窯焚きに通ったか分からないほどに、足繁く通っていたので、普通に薪窯を焚ける位の知識と経験をさせてもらったのも、とてもありがたい経験だったのを今でも思い出す。
そんな中でも、特に記憶に残る大好きな一品がある。
それが、この徳利だ。大切にしまってあったので、お酒を入れたのは実は初めて。
自然釉という焼き締め独特な煌めく様な質感が素敵で、サイズ感もちょうどいい。
人が手をかけつつも、結果は炎に任せるという、この焼き締めの器の在り方が好きなのかもしれないと、あらためて感じたのだった。
そういえば、平形さんから聞いた話で、印象的だったのを思い出した。
ある日、彼のお店に来たお客さんが、とにかく値段が高いから値引きしてくれ、と執拗に言ってきたのだとか。。。
「あんまりしつこいからよう、あなたにピッタリな器を売ってるお店を教えますよ!って、100円ショップを教えてやったよ!!!ガハハハハハハ!」
そんな平形さんのお店のリンクを貼っておきます。見た目に反してかなり使いやすい器が多く揃っているので、信州の松本へ行ったら、是非行ってみることをおすすめします!
今が旬の、のらぼう菜が美味しい!!!
単純、明快、シンプルに、種を蒔いて、それが育って、食べる、という一連の行為が、創造力をよりかき立ててくれる感覚がある。
たまたま、コロナ騒動のタイミングで始めた家庭菜園が、本当に興味深く奥が深いことと、全ての事柄にリンクしているとも感じ取れるので、ありがたい限りである。
そんなのらぼう菜を摘む時に活躍するのが、この籠だ!!!
メキシコに滞在していた特に、一目惚れして買ったものだ。高価なものではなく、現地では日常生活で買い物に使われているものでもある。
ジャガーの木彫りは、なんとなくご愛嬌で付けている。
何が好きかと自分自身を観察すると、天然素材で編まれていて、実際に使いやすいことと、造形的に美しいことかもしれないと思える。
中をまじまじと見て、これまた螺旋状に模様が編み込まれていたことを知り、更にこの籠が好きになった夜でありました。